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東京地方裁判所 平成3年(ワ)2987号 判決

原告

株式会社X

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

上野隆司

高山満

田中博文

被告

株式会社三菱銀行

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

関沢正彦

被告補助参加人

右訴訟代理人弁護士

松尾翼

内藤正明

西山宏

飯田藤雄

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

(主位的請求)

一  被告は、原告に対し、別紙目録≪省略≫記載の株券を引き渡せ。

二  前項の株券引渡の強制執行が不能となったときは、被告は、原告に対し、不能となった株券につき同目録下段記載の単価によって算出した金員を支払え。

(予備的請求)

一  被告は、原告に対し、別紙目録記載の株券と同銘柄・同種・同量の株券(株式会社a株券八三万株)を引き渡せ。

二  前項の株券引渡の強制執行が不能となったときは、被告は、原告に対し、不能となった株券につき同目録下段記載の単価によって算出した金員を支払え。

第二事案の概要

被告補助参加人(以下「参加人」という。)は、被告に対し、合計金二五億円の融資の担保として、原告名義の株式会社aの株券八三万株を差し入れた。

原告は、右株券は、形式のみならず実質的にも、原告が所有するものであって、参加人には何ら処分権限がなかったから、右株券上の担保権は有効に成立しておらず、かつ、被告には、参加人が無権限であることにつき、悪意又は重過失があったから、善意取得も成立しないと主張して、被告に対し、所有権(株主権)に基づき、右株券ないしはその代替物の引渡(代償請求付き)を求めて提訴したところ、被告(及び参加人)は、①右株券は、原告名義であるが、実質的な所有者は参加人である、もしくは、②補助参加人は、原告の実質的オーナーであるから、右株券の管理・処分権限を有していると主張して、株券の所有権ないし処分権の帰属を争うとともに、③原告による事前ないし事後の承認及び④善意取得の成立を根拠に、譲渡担保権の成立を主張している。

一  争いのない事実等

1  原告は、参加人が、旧商号「株式会社b」として、昭和四三年六月に設立した株式会社であるが、現在、参加人の実娘であるC(以下「C」という。)、A(以下「A」という。)及びD(以下「D」という。)の三名(以下、右三名を総称して「参加人の娘三名」ということがある。)が同社の株式全部の名義人となっている。

2  被告は、大蔵大臣の営業免許を受けて、銀行業を営む株式会社である。

3  参加人は、株式投資に充てるための資金として、被告から、

(一) 平成元年一〇月三一日、手形貸付の方法により金一五億円を、

(二) 平成二年七月三〇日、証書貸付の方法により、ユーロ円一〇億円を、

それぞれ借り受けた(以下「本件借入」という。)。

4  参加人は、本件借入に基づく債務を担保するため、被告に対し、原告名義の別紙目録記載の株式会社aの株券八三万株(以下「本件株券」という。)を、四回にわたり、次のとおり預け入れた(以下「本件担保差し入れ」と総称する。)。

(一) 平成元年一〇月三一日、前項(一)の借入に際し、同目録記載(一)の株券五〇万株

(二) 平成二年七月三〇日、前項(二)の借入に際し、同目録記載(二)の株券一〇万株

(三) 同年八月三一日、担保価値が下落したことに伴う追加担保差し入れとして、同目録記載(三)の株券一〇万株

(四) 同年一〇月三一日、担保価値が下落したことに伴う追加担保差し入れとして、同目録記載(四)の株券一三万株

二  争点

1  本件株券の実質的所有者は、名義人である原告か、参加人か。

2  参加人は、原告の実質的オーナーとして、本件株券の処分権限を有していたか。

3  被告は、本件担保差し入れ当時、参加人が本件株券の処分権限を有しないことを知っていたか、もしくは、処分権限を有すると信じたことにつき重過失があったものと言えるか。

第三当裁判所の判断

本件では、善意取得(商法二二九条、小切手法二一条)の成立をも視野に入れれば、本件担保差し入れ当時、被告において、参加人が本件株券の処分権限を有しないことを知っていたか、もしくは、処分権限を有すると信じたことにつき重過失があったものと認められないかぎり、本件株券の所有権ないし処分権限の帰属いかんにかかわらず、原告の請求は棄却されることになる。

そこで、以下では、本件株券の実質的所有権の帰属(争点1)ないし処分権限の帰属(争点2)について判断する前に、被告の悪意又は重過失の有無(争点3)について判断することとする。

一  争点3(被告の悪意又は重過失の有無)について

1  原告は、本件担保差し入れ当時、被告には、参加人が無権限であることにつき悪意又は重過失があったとして、要旨以下のとおり主張している。

(被告の悪意について)

(一) 被告は、昭和六一年六月一二日、原告に対し、金五〇〇〇万円を貸し付けたが、その際に原告から徴求した資料や説明により、既に右の当時から、本件株券を含む原告名義の株式会社a(以下「a社」という。)の株券は、名実ともに原告所有のものであることを知っていた。

(二) その後、参加人は、昭和六二年と昭和六三年に、被告に対し、株式投資のための資金として、それぞれ金六〇億円の借入を申し込んでいるが、その際、参加人は、原告の株主である同人の娘三名の承諾を得た上で、原告名義のa株券を担保として提供したいと申し入れた。

(三) しかし、右二回の借入申込に関しては、個人の借入としては多額であるうえ、資金使途がリスクを伴うものであり、更には、参加人の娘三名の承諾を得られそうになかったことから、被告としては、借入申込を拒絶せざるを得なかった。

(四) ところが、その後も、再三にわたり、参加人から融資の申し入れがなされ、更には、個人に対する貸付に大幅に依存して、銀行としての収支を上げなければならないという、当時、銀行が置かれた社会的・金融的背景事情(いわゆる「リテールバンキング時代」の到来)があったことから、被告は、担保株券を原告の所有ではなく、参加人の所有のものとして処理すれば、原告つまり参加人の娘三名の同意が不要となり、貸付が実行できるものと判断するに至った。

(五) こうして、被告は、原告名義のa株券が原告の所有であることを知りながら、敢えて参加人の所有であるとの処理を行い、平成元年八月二一日、原告名義のa株券四万九〇〇〇株等を担保として、参加人に対し金四億円を融資した。

(六) 右融資金が平成元年九月八日に返済されたことにより、被告は、融資金さえ返済されれば、担保が問題になることはないものと楽観し、本件借入に際しても、原告が真の所有者であることを知りつつ、本件株券を担保として受け入れたものである。

(七) 以上によれば、被告は、本件担保差し入れの際、参加人が本件株券につき無権利者であることを知っていたものと言うべきであるから、善意取得は成立しない。

(重過失について)

(一) 被告は、与信行為を業とする銀行であるから、プロとして一般的に重い注意義務を負っている。

(二) 本件担保差し入れについては、株券の売買その他、株券そのものが流通の対象とされている場合とは異なり、時間的に切迫した状況にはなかったのであるから、被告としては、担保内容の審査に十分な時間をかける余裕があった。

(三) 記名株券の場合、純粋の無記名証券とは異なり、券面上に株主の氏名が表示されているのであるから、本件のごとく、右券面上の株主名と株券の占有者とが異なっている場合には、取引量、各株券が化体する株式数の大きさ、名義人が表示されている期間の長短等とあいまって、名義と占有とに違いが生じている理由についても注意を払うべきであると考えることができ、それがため、一般に、銀行取引においては、株式の担保受け入れに際し、名義人と占有者との関係に特段の注意を払うべきものと説かれている。

(四) 本件株券は八三万株という多量なものであり、かつ、一〇万株券という非常に大きな単位の株券を含むものであった。

右株券の量及び単位の大きさからも明らかなように、原告は、ながらくa社において、富士通に次ぐ大株主の地位にあったものであって、このことは会社四季報等の会社情報誌にも記載されている周知の事実である。

(五) 本件株券の名義人は原告であり、株式分割が行われた場合には、分割後の新株券は原告に交付されることになるのであるから、担保を取得する側の被告としては、株式分割による担保価値の目減りを考慮して、名義人と占有者との関係について、慎重な配慮をする必要があった。

(六) 被告が、原告名義の本件株券を参加人の所有であると信じたとすれば、参加人により脱税行為がなされているということになるが、そうだとすれば、脱税行為が摘発されて、その結果、貸付金の回収に支障を来すことも想定できることになるから、銀行である被告としては、本件株券の名義と実体の関係について事実関係を調査したうえで、慎重に処理するのが通例である。

(七) 一般に、銀行は、本件のように株券の名義人と占有者とが一致しない事例においては、株券の名義人との関係に配慮して、事実関係を調査したうえで、名義人から担保徴求するとか、名義人の同意を取るとかの処理をするのが通例であり、そのような処理を採らない本件事例は極めて異例なものである。

実際、参加人が、昭和五九年に、原告名義のa株券を担保に提供して、埼玉銀行から同人を債務者とする借入を行った際には、同銀行から原告の取締役会議事録の提出を要請され、原告すなわち参加人の娘三名の承諾を得たうえで、取締役会議事録を提出している。

(八) 以上のとおり、被告は、銀行として尽くすべき数々の注意義務を果たしていないのであって、単に、参加人の言葉や参加人が本件株券を持参してきたということだけで、本件株券が参加人の所有であると信じたのであるとすれば、被告には悪意にも比すべき重過失があったものと言うべきであるから、善意取得は成立しない。

2  当事者間に争いのない事実、証拠(≪省略≫、証人E、証人Z、証人F、証人G、証人H)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本争点に対する判断の前提事実として、以下の事実を認めることができる。

(一) 参加人の経歴について

(1) 参加人は、昭和二九年に「X株式会社」(後に、「株式会社a」と商号を変更。以下「a社」という。)を設立、以後、同社の代表取締役社長の地位にあって、主として半導体試験装置の分野を中心に開発・販売事業を展開してきたが、昭和五〇年、同社の経営悪化の責任をとる形で代表取締役社長を退任、更に、昭和五三年には同社の経営権を完全に手放すに至った。

なお、同社における参加人の持ち株比率は、設立当初は一〇〇パーセント、昭和五〇年の社長退任直前の時点でも九二パーセントを占めていた。その後、昭和五三年に同社の経営権を手放すにあたり、参加人は、右株式の大半をc株式会社(以下「c社」という。)とa社のメインバンクであった株式会社d銀行に譲り渡したが、なお、参加人の持株比率は二一パーセントであった。

(2) 右のとおり、参加人は、a社の経営権を失った以後も、同社の発行済株式の二一パーセントにあたる株式を保有していたが、昭和五四年三月、節税ないし相続税対策の目的から、右保有株式の三分の二にあたる二九万三五〇〇株の名義を原告に移転した(一株当たり一二五円の価格で原告に売却)。

原告名義となったa株式二九万三五〇〇株は、その後、増資、無償交付ないし株式分割により、平成二年時点で、四二一万二三九〇株に増加、本件株券はその一部である。

(3) このほか、参加人は、昭和五二年に株式会社e(以下「e社」という。)を、昭和五三年に株式会社f(以下「f社」という。)を設立、以後、昭和六三年七月ころまでの間、前者においてはデジタル計測器の製造販売事業を、後者においては医療機器の開発製造販売事業をそれぞれ営んだ。

(二) 原告と参加人の関係について

(1) 参加人は、昭和四三年六月、原告を設立し、設立後間もない同年八月ころまでには、同社の株主名義を参加人の娘三名とした。

(2) 原告は、参加人個人に課される税負担を軽減するために設立された資産保有会社としての性格が強かったため、従業員を雇うこともなく、設立当初のわずかな期間を除けば、現在に至るまで、現業業務はまったく行っていない。

(3) 原告の代表取締役は、設立当初は参加人及びIが、昭和五一年八月からは、参加人の妻であるJ(以下「J」という。)が勤め、参加人の娘三名が本件担保差し入れを問題にするようになった後の平成二年一二月に、Aが代表取締役に就任して現在に至っている。

(4) 昭和五四年に、参加人名義のa株式が原告名義に移された以降、原告は、e社、f社もしくは参加人個人が金融機関から融資を受ける際、原告名義のa株式や原告名義の不動産等を担保提供すること等により、参加人が新たに展開する事業(前項(3))についての資金供給源としての役割を果たした。

(5) 参加人は、対外的に、原告のオーナーは自分であると自称し、「社主」の肩書入りの名刺を使用していたが、原告は右の事実を知りつつ黙認していた。

(6) 本件担保差し入れ当時、原告の事務所は、参加人・Jの居住するマンションの一室を借りる形にされており、本件株券を含む原告名義のa株券は、同室に設置された金庫の中に保管されていた。

(7) なお、昭和五五年一一月二九日、Cは、g銀行に勤務する銀行員であるE(以下「E」という。)と結婚したが、以後、Eは、銀行員としての知識と経験を活かして、参加人に対し、主として経営及び税務対策の側面からの助言、助力を行ってきた。

(三) 原告ないし補助参加人と被告との取引の経緯

(1) 昭和六一年六月一二日、原告は、被告(品川駅前支店扱い、以下同じ。)から、運転資金として金五〇〇〇万円を無担保で借り入れた(以下「六一年借入」という。)。

右借入は、原告と被告との本格的取引としては最初のものであったことから、当時の原告代表者であるJは、Eを同道して、借入申込に先立ち、自社の概要を示す文書(≪省略≫)を被告に提出した。

なお右借入金は、同年九月三〇日に完済された。

(2) 昭和六二年一〇月ころ、参加人は、被告に対し、原告名義のa株券を担保に、a株式への投資資金として、金六〇億円の借入を申し入れた(以下「六二年借入申込」という。)。

これを受けて、被告のK副支店長は、当時、同支店の貸付課長であったG(以下「G」という。)に対し、右貸出案件についての事務手続を行うよう指示したところ、Gは、担保とする株券が原告名義であって参加人名義でなかったことから、担保差し入れの手続がスムーズに行くかどうか等を確認する意図の下、事前調査として、六一年借入の際に面識を得たEに架電した(以下「G架電」という。)。

右通話において、Gは、Eに対し、参加人の借入申込の事実を承知しているかどうかを確かめるとともに、担保として原告名義のa株券を提供する場合には、取締役会の議事録が必要になる旨を告げたが、これに対し、Eは、借入申込の事実を承知していない旨を返答するとともに、「会社が担保を出す場合には、取締役会の議事録が必要になりますね。」と反問したので、Gは「必要になります。」と返答した。

Gは、右架電の後、六二年借入申込について被告本部の稟議を経るべく所定の手続をとったが、同年一一月、本部からは貸出を不許可とする旨の結論が示された。不許可の理由は、参加人がa社の株式を大量に購入するための資金を貸し付けることは、同社の筆頭株主であるc社との関係を損なう可能性があるので好ましくない、というものであった。

(3) 平成元年八月一五日ころ、参加人は、被告に対し、参加人名義の定期預金二億二〇〇〇万円と原告名義のa株券を担保に、h株式会社の株式(以下「h社株」という。)への投資資金として、金四億円の借入を申し込んだ。

これに対し、被告(具体的には、L支店長とF副支店長)は、担保株券は参加人が実質的に所有するものであるとの判断の下、参加人の右申し出を承諾することとし、同月二一日、有価証券担保差入証書(≪省略≫)の欄外に、「上記株式は名義如何にかかわらず私所有のものに相違ありません」という文言を注記し、そこに参加人の押印(以下「自己所有確認印」という。)を求めたうえで、参加人自身が持参した原告名義のa株券(四万九〇〇〇株)を担保として受領、参加人に対し、金四億円を貸し付けた(以下「元年八月借入」という。)

なお、右借入金は、同年九月七日に完済された。

(4) 同年一〇月ころ、参加人は、被告に対し、原告名義のa株券を担保に、h株への投資資金として、金一五億円の借入を申し込んだ。

被告(具体的にはL支店長とF副支店長)は、元年八月借入の際と同様、担保株券は参加人が実質的に所有するものであるとの判断の下、本部の稟議を経たうえで、参加人の借入申込を承諾することとし、同月三一日、参加人の自己所有確認印のある有価証券担保差入証書(≪省略≫)を徴求、参加人自身が持参した原告名義のa株券(五〇万株)を譲渡担保として受領して、参加人に対し、金一五億円を貸し付けた。

(5) 平成二年八月ころ、参加人は、被告に対し、原告名義のa株券を担保に、h株への投資資金として、金一〇億円の借入を申し込んだ。

このときも、被告は、前項同様の判断の下、参加人の自己所有確認印のある有価証券担保差入証書(≪省略≫)を徴求して、参加人自身が持参した原告名義のa株券(一〇万株)を譲渡担保として受領、参加人に対し、金一〇億円を貸し付けた。

(6) 被告は、担保とされたa株式の市場価格が低下したことから、同年八月と一〇月の二回にわたり、参加人に対し、追加担保の提供を要請した。

参加人は、被告の右要請に応じ、同年八月三一日ころ、有価証券担保差入証書(≪省略≫)と原告名義のa株(一〇株)を、同年一〇月三一日ころ、参加人の自己所有確認印のある有価証券差入証書(≪省略≫)と原告名義のa株券(一三万株)を、それぞれ被告に対し交付した。

なお、同年一〇月三一日付の有価証券担保差入証書(≪省略≫)にかかるa株券(一三万株)については、当時の原告代表者であるJが、被告支店に持参して交付したものである(争いがない)。

3  以下、右認定事実に基づき、原告の前記主張の当否につき判断する。

(一) 原告は、G架電の事実や、被告の貸付事務担当者らが本件担保差し入れに際し、原告の取締役会議事録を要求したことがあること等を主たる根拠に、被告は本件株券の実質的所有者が原告であることにつき悪意であった旨を主張する。

しかしながら、G架電の際の会話内容は、前記認定のとおり、貸出を行う場合の事務手続の確認に止まるものであって、原告名義のa株券の真実の所有関係について新たな判断材料を与えるものであったとは解することができない。また、本件担保差し入れ当時の貸付事務担当者らが、原告の取締役会議事録に言及している点についても、その後、さしたる交渉もないまま、自己所有確認印による処理に落ち着いていることからすると、あくまで株券の名義人と所持人とが一致しない場合の一般的な事務処理方法の一つとして、名義人の承諾書を徴収しておく方法を提示したものに過ぎず、原告を真の所有者であると判断したうえでの確定的な提案ではなかったものと認めるのが相当である(≪証拠省略≫、証人F、証拠G、証人H)。

そのうえ、仮に、原告主張のとおりであるとすると、被告は、原告が本件株券の真の所有者であって、参加人は無権利者であるから、有効な担保権は取得できないと知りつつ、万一の場合、貸付金が無担保のまま貸倒れになる危険を負担してまで、敢えて、合計二五億円もの多額の貸付に及んだということになるが、特段の事情のないかぎり、このような推論は経験則に反するものと言わなければならず、本件でかかる推論を正当化できるような特段の事情の存在を認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、被告は、本件担保差し入れ当時、参加人が本件株券の処分権限を有するものと信じていたと解するのが相当であり、被告の悪意をいう原告の主張は採用することができない。

(二) 次に、被告の重過失の有無について検討するに、

(1) 前記認定事実、特に、参加人とa社及び原告との関係に関する諸事実に照らせば、本件担保差し入れ当時、原告は、参加人個人の資産保有会社として設立されたものであるから、参加人の利害を離れた原告自身の利害は考えられず、a社の創業者であり、原告の創業者でもある参加人が、原告の実質的オーナーとして、自由に原告の意思決定を行い得るとの見方が一般的であったと推認できるうえ、

(2) 本件担保差し入れ前後の経緯として、

イ 参加人は、本件担保差し入れにあたり、被告の担当者に対し、「本件株券は、原告名義であるが、自分の所有であることは間違いない」旨を言明したうえ(≪証拠省略≫、証人Z、証人F、証人H)、有価証券担保差入証書上に自己所有確認印を押捺して交付していること

ロ 本件担保差し入れ当時、本件株券は、参加人・J夫婦の居住するマンションの一室に保管されており、少なくとも事実上、参加人は、その意思に従って、右株券を自由に持ち出すことが可能な状況にあったものと認められること

ハ 本件借入及び担保差し入れに先立つ元年八月借入の際にも、原告名義のa株券が担保として被告に提供されているが、その際にも、原告側から何らの異議が述べられていないこと

ニ 本件担保差し入れにあたり、当時の原告代表者であるJが、株券の受渡し等に協力していること

等の事実を認めることができる。

(3) 以上の事実に加え、商法二〇五条二項が、記名株券たると無記名株券たるとを問わず、「株券の占有者は適法の所持人と推定す」るものとし、流通面においては、記名株券上の株主名義人の記載は、権利者を示す意味を有しないものと定めていることをも考え合わせるならば、本件担保差し入れにあたり、被告において、本件株券の真の所有者が参加人であると判断したことには相応の根拠があったと見るのが相当であり、原告主張のように、被告につき、悪意にも比すべき重過失があったものとは、到底認めることができないと言うべきである。

(4) この点、原告は、本件株券の名義の点や右株券の大量性を強調するが、本件株券が、a社の創業者である参加人の多年の労苦の産物として取得されたものであることは前記認定のとおりであり、そのような客観的状況を背景に、右(1)において述べたような社会的認識が醸成されていたと認められる本件においては、単に、株券の名義や量の問題のみをもって、被告の重過失を基礎づけることは到底できないものと言わなければならない。

また、原告は、多年にわたり、原告が参加人とは独立の経済主体であることが税務上認知されてきたことをも、その主張の一つの根拠とするが、税務上の取扱いが右のようなものであること自体は、参加人の節税対策のために、いわゆる資産保有会社の役割を担ってきたという原告の存在意義から見て、むしろ当然のことであって、税務を離れた実際の経済活動における判断の当否を論ずる際の根拠としては、大きな意味を持たないものと言うべきである。ここで問題とされるべきは、法形式ではなく、被告において、原告が参加人の意思を離れた独立の利害ないし意思決定権を有するものであると認識できるだけの実質的な事情が認められるか否かの点であるが、本件全証拠をもってしても、そのような事情を窺い知ることはできない。

(5) なお、原告は、他の銀行における取扱例を挙げて、本件における被告の処理が右と異なることをも重過失の根拠として挙げているが、他行の取扱例は、前記3(一)においても述べたとおり、原告名義のa株券を担保提供しようとする場合、名義人が原告であることを重視して、原告の取締役会議事録を徴求することも、一般的な事務処理方法の一つとして十分に考えられるということを示すに過ぎないというべきであり、そのことから直ちに、そのような取扱いをしないことが重過失の根拠となるとまで解するのは相当でない。

かえって、原告が他行に取締役会議事録を提出した例として援用する各書証(≪省略≫)からは、原告が、参加人の資産保有会社として、必要に応じ、随時、同人の事業に協力していた様子が窺われるのであって、その意味では、参加人が原告の実質的オーナーであるという被告の判断を裏付ける根拠の一つともなり得るものである。

ところで、参加人が、尋問において、「会社としての借入の場合であれば、原告の取締役会議事録を提出するのが当然であるが、参加人個人の借入の場合には、議事録提出の必要はない。」旨を述べて、参加人個人としての借入と原告としての借入を区別する態度を見せていることに鑑みれば、原告主張にかかる他行の取扱例の多くは、担保株券を持参した参加人自身が、担保差し入れ先である金融機関に対し、参加人個人ではなく、同株券上の名義人かつ所有者である原告としての行為である旨を明言したうえで、担保差し入れに臨んだ事例であると解する余地が大いに存するところであり、そのような事例であれば、当該金融機関において、原告の取締役会議事録の徴求が必要であるとの判断に至ることも、むしろ当然であると言えよう。

しかしながら、本件においては、前記認定のとおり、担保株券を持参した参加人が、本件株券について、自分の所有であることは間違いない旨を明言したうえで、個人として本件担保差し入れに及んでいる以上、被告において、担保株券の所持人が参加人個人でなく原告であると判断する余地はまったく存しない。そして、そうであるからこそ、前示の商法二〇五条二項の趣旨に則った措置として、自己所有確認印による処理に落ち着いたものと認めるのが相当であって、右のように判断の基礎となる事情において実質的な差異が存する可能性を否定できない以上、他行取扱例と本件事例とを単純に同一視することは相当ではないと言わざるを得ない。

結局、取締役会議事録の提出を求めるか否かは、具体的事情の下、担保提供を受ける当該銀行ごとに、当該担保株券の実質的所有者を誰であると判断したかによって決せられる問題であって、本件における被告の判断及び右判断に重過失がなかったことについては、既に述べたところであり、他行の取扱例の中に、これと異なる判断に基づくものが存在したとしても、前示の結論を覆すに足りないと言うべきである。

(6) 以上のとおりであるから、本件担保差し入れ当時、参加人が本件株券の処分権限を有するものと信じていたことにつき、被告に重過失があった旨の原告の主張は、採用することができない。

二  結論

以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 澤田三知夫 裁判官 村田鋭治 早田尚貴)

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